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こちらは一発屋の創作設定となります。
音源を使用する際、こちらの内容を順守する必要はありません。

物心ついた頃、オレはもう孤児院におった。
なんでそこにおるんかは知らん。
理由は誰も教えてくれへんかった、気づいたらそうやった。
ただ、教えてくれへんってことはそういうことなんやろなって、幼心でもわかってしもた。

​

昔のオレは、要領のええガキやったと思う。
相手がどんな答えを欲しがっとるか、どんな顔してほしいんか、なんとなく分かってしもて。
聞き分けのええ、手のかからん「良い子」。
大人からしたら、扱いやすくて便利な存在やった。

せやから職員は、泣き喚く子や問題起こす子につきっきりで、オレのことはほぼ放置やった。
まぁ当然や。
大人しく言うこと聞く反抗せんガキなんか、見とらんでも大丈夫やろって思われてもしゃあない。

​

孤児院にはオレみたいな奴がぎょうさんおった。
遊ぶ言うてもおもちゃの数は足りんし、ようやく回ってきても取り上げられてまう。
ええ子はすぐ我慢強いられる。
だから毎日暇やった。
ほんまに、どうしようもなく退屈やった。
そのうち、人の嫌がること言うんが娯楽になっとった。
図星突かれた瞬間の顔、取り繕う余裕がなくなった時の本性。
あれ見るんが、妙におもろかった。
揶揄えば揶揄うほど、勝手にボロ出してくれる。
オレのおもちゃはお前らや。

​

気づいた頃には、評価はきれいにひっくり返っとった。
「良い子」から「面倒な子」へ。
まぁ、側から見りゃそうなるわな。
それでも、なんでか板についてもうて、やめられんかった。

​

​

そんなある日、父親や言う男が孤児院に現れた。
オレの顔見るなり、「ずっと探してた」言うて、泣きついてきよった。
意味が分からんかった。
親に捨てられた思て生きてきたオレにとって、父親なんてもんはあまりにも遠い存在すぎた。
いきなり父親や言われても、実感なんかあるわけない。
ほんまなんかどうかも怪しい。

​

せやけど職員は早かった。
面倒なガキを引き取ってくれる言うなら、話は一瞬で決まりや。
オレの気持ちなんか、誰も聞かへん。
気付いたら男の家へ連れて行かれてた。

​

男は……変な奴やった。
ほとんど一緒に過ごしたこともないであろう子供に、異様なほどベタ惚れでな。
最初はオレも警戒した。
得体の知れん大人や、って。
悪態ついて、毒吐いて、子供なりに抵抗したつもりやった。
せやけど男は折れへん。
何しても許す。
何言うても笑う。

「愛してる」
その言葉を、何回も聞いた。
我儘も、暴言も、全部飲み込まれた。


……でもな。
あいつ、オレのこと見てへんかった。

視線が、いつもどこか遠い。
オレやない誰かがおる場所を、ずっと見とる。
そんな感覚が、家の中に漂っとった。
一緒におるはずやのに、ずっと一人ぼっちみたいな、不思議な距離感や。

​

決定的やったんは、ふと漏らした一言や。
「◾︎◾︎はこれ好きやったからなぁ」
知らん。
見たこともない。
オレの記憶には存在せぇへん話やった。
その瞬間、全部繋がった。

あぁ、そういうことか。
あいつはオレに、別の誰かを重ねとる。
本当の息子やないことも、その時にはもう察しとった。

​

腹が立った。
きっとオレはこいつの都合のいいよう利用されとる。
それだけはわかった。
……ほんなら、こっちも利用したる。

​

この男はいずれ捨てる。
せやけど今のオレには、力も金も権力もない。
ガキ一人ができることなんか、たかが知れとる。
せやから、一人で生きられるようになるまでは捨てられんよう、男が求める「かわいい息子」を完璧に演じてやることにした。

そしていつか、その幻想をぶち壊したる。
可愛い可愛い息子の正体、真正面からぶつけたる。
その時の絶望した顔、拝むんが楽しみや。

​

……そう、思ってた。

​

​

時間が経つにつれ、男の溺愛は歪んだ過保護に変わっていった。
オレはちゃんと成長しとるのに、あいつはいつまでも「幼い息子」のまま扱う。
交友関係、外出先、何したか。
毎日毎日、詰問。
正直、うざかった。

この頃になると、可愛い息子ムーヴも通用せんようになった。
男は、自分が気に食わんとところ構わずヒステリックに当たり散らした。
家の中も、かりそめの親子関係も、じわじわ壊れていった。

​

息苦しくて、夜中によう家を抜け出すようになった。
不良連中とつるむようにもなった。
そいつらとおる時間は楽やった。
オレが何者か、どんな人生歩んできたか、誰も聞かへん。
猫被る必要もない。
束の間の休息、そんな感覚やった。

​

でも、それも長くは続かんかった。

​

​

深夜にこそこそ家を抜け出しとったんが、男にバレた。
その日が来る予感は、正直ずっとしてた。
せやから驚きはしなかった。

​

男はその晩、初めてオレに手ぇあげた。
堰き止めとったもんが一気に決壊したみたいに、理性のタガ外して、ただ感情のまま殴って蹴ってきよった。
鼻血が止まらん。肩が変な方向に外れた気がした。あばらに走る鈍い痛みで息がうまく吸えへん。
視界がぐらついて、音が遠のいて、意識が白く滲んでいく。

ようやく止まったかと思ったら、今度は男が泣きながら縋りつく声が聞こえた。
「お前が大切なんや」「もう置いていかんといてくれ」「わかってくれ」

​

……あかん。
このままやったら、体だけやない。
心まで殺される。
そう、妙に冷静に悟った。

​

男もオレも、もうとっくに限界やった。

​

気付いたら、口が勝手に動いとった。
「オレはあんたの息子なんかやない」
空気が凍った。
せやけど止まれんかった。

​

お前はいったい誰を見とるんや。
親子ごっこもええ加減にせえ。
血も繋がっとらんガキ飼いならして、何がそんなに楽しいんや。
今まで腹ん中に溜め込んどったもんを、全部吐き出す勢いで喚き散らした。

今思えば、男に本音ぶつけたんは、あれが最初で最後やったと思う。
それを聞いて、男も悟ったんやろな。
もう戻れへんって。

​

男は、ぽつりぽつりと白状し出した。

​

十年前、嫁と息子を事故で失った。
トラックに追突されて、車ごと橋から落ちたらしい。
仕事で同乗しとらんかった男だけが、生き残った。
嫁の遺体は見つかった。でも、息子は見つからんかった。
身体が小さいから流された可能性が高い、そう警察に言われたんやと。

​

遺体が見つからんいうことは、生きとる可能性もある。
男は、うわごとみたいに何度もそう呟いた。
せやから探したんやと。
生きとるはずのない息子を。

そして、オレを見つけた。


息子はお前によく似た、かわいい子やった。賢い子やった。
だから信じた。自分を騙した。
この子は自分の息子なんやって。
でも日に日に、自分にも嫁にも息子にも似とらん、ただの他人になっていくオレを見て、耐えられんようになったらしい。

​

現実を受け入れるんが怖かった。
ごめんな……ごめんな……
蚊の鳴くような声で、そう繰り返した。

​

男は孤独やった。
本来あるべきもんを失って、その穴を埋めるために紛い物を抱え込んだ。
それで寂しさを誤魔化しとった。

​

そのとき、ふと孤児院におった頃の記憶が蘇った。
孤児院じゃ、ええ子のオレを誰も見てくれへんかった。
だから毒を吐いた。
毒を吐いて……振り向かせようとした。
紛い物でもええ。
嘘でもええ。
……ただ構ってほしかった。
……ただ認めてほしかった。
本当は誰かに――

​

……なんや。
オレも、似たようなもんやないか。

​

それでも、一度吐いた毒は戻せんかった。
もう、戻れんかった。
それが、オレの寂しさをごまかす唯一の手段やったから。
この男も、きっと同じや。

​

「そんなら、あんたも死んだらよかったやん」
奥さんも、息子も、家族みんな一緒で。
そっちの方が幸せやったんとちゃう?

​

男への恨みつらみか、はたまた自己嫌悪か。
朦朧とした意識は、そこでぷつりと切れた。

 


目を覚ましたら、男はおらんかった。
全身の痛みとだるさに歯を食いしばりながら起き上がると、机の上に一枚の写真が置いてあった。

男と、その隣に女。
手前には、金髪で緋色の瞳をした少年。
「……全然似とらんわ」
少年は、本当の幸せを知っとる顔をしとった。
それは、オレにはないものやった。

​

​

後日、□□市の川で男の車が見つかった。
乗っとったはずの男の姿は、結局見つからんかったらしい。
幸か不幸か、探し求めとった息子と同じくたばり方やった。

本当に、最期まで自分勝手な奴や。
今まで一人じゃ死ねんかったくせに、オレが一言毒吐いただけで、ぽっくり逝きよって。


悲しみはない。
ただ、苛立ちだけが残った。

​

お前も最期はろくな死に方せえへんぞって、
そう言われとる気がして。

オレはその呪いみたいな写真を川に投げ捨てた。

​

男はもう、二度とオレの前に現れんかった。

 

​

オレは絶対、あの男みたいにはならへん。
それだけは、はっきり決めとった。

男は、紛い物を本物に仕立て上げようとした。
でもうまくいかんかった。
当たり前や。
んなの当たり前やんか。
紛い物は本物になんかになれん。
誰かに依存して、誰かに縋って、朽ち果てる。
……あんな無様な死に方、まっぴらごめんや。

​

せやからオレは、一人で生きた。
生き抜いてやった。
生きるために、金になることなら何でもやった。
善も悪も、正しいも間違いも、腹の中で全部ぐちゃぐちゃに混ぜて飲み込んだ。

今さら罪状を数え始めても、キリがない。
皮肉にも、罪の数が増えれば増えるほど、生きる術も増えていった。
世の中を闊歩しやすなった、息もしやすなった。

他人に泣かれようが、恨まれようが、どうでもよかった。
むしろそっちの方が清々するくらいや。
今さら情向けられる方が、よっぽどしんどい。
期待されるんも、信じられるんも、全部重たかった。

​

そんな生活しとったからか、組のもんに目ぇ付けられるまで、そう時間はかからんかった。

​

「うちに入らんか」
声かけられたんは、十九の頃や。
なんでも、獲物を一発で仕留める、狡猾な毒蛇みたいな奴がおるって噂になっとったらしい。
仕事はぎょうさんある、報酬も弾む。

​

オレには帰る場所もない。
失うもんもない。
金になるなら、やります。
それだけ言うて、ついて行った。

​

ふと、組の偉そうな奴に名前を聞かれた。
……名前、か。
そういや、オレの名前ってどれや?

​

孤児院におった頃の名前?
あの男に押し付けられた他人の名前?
仕事のたびに使い捨ててきた偽りの名前?

​

どれも違う。
どれもしっくりこん。
そもそもオレに、名前なんかあったんか?

​

「名前ないんは不便やろ。……ほな、俺が付けたるわ」

少し考えてから、そいつは言うた。


「ハジメ、でええやろ」

​

理由は、一人でおったから。
それ聞いたとき、妙に納得してもうた。


――オレに、お似合いやん。


素直に、そう思った。

​

​

組の連中に思い入れなんかない。
せえへんように、気ぃつけとった。
義理人情は、持ち前の口の上手さで演じた。
笑うとこで笑って、怒るとこで怒って、それっぽい言葉を並べるだけ。

​

ここでの生活は、正直楽やった。
この世界は単純や。
弱い奴から淘汰される。
せやからみんな、虚勢張って生きとる。
オレにとっては溶け込みやすい環境やった。

ろくでもない連中に囲まれて、ろくでもない連中をシバいて、金を巻き上げる。
毎日毎日、それの繰り返し。
わかりやすくて、単純で、
何より楽しかった。

天職ってのは、こういうのを言うんかもしれんな。
そんなこと思うくらいには。

​

そうしてるうちに、頭が慣れてしもた。
心にもないこと言うのが、今度こそ本当に平気になった。

 

​

​

​

――幸せって、なんやろな。

時々、ふと考えることがある。


きっとオレには一生わからん。
手の届くところにあっても、手が伸ばせへんところにあるもの。
それだけは、わかった。

​

「……考えてもしゃあないわ」

​

煙草の煙と共に吐き捨てる。
今までも、これからも、オレの生き方は変わらん。

​

そんならせめて、今のうちに楽しいことぎょうさんやって、今度はあの世で閻魔様でも泣かしたろか。

​

​

そうやって、今はただ笑うことにした。

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